都市経済圏でカリフォルニアを視る
第6回 グローバルとローカルを目指して

UCLA Post-Doctoral Associate 本山 康之


これまでこのフォーラムという場を借りて、5回ほど連載させていただいた。まだ説明が足りない点や今後分析を深めていかなければならないところも多いが、ここまでのところで一つまとめてみたい。

   

まず、グローバル化に関して。グローバル化の時代と言われてから久しく、既に15年近く使われており、新聞記事や数々の報告書で枕詞にもなっている概念である。一般的に、多国籍企業はITや発達した輸送技術を活用して、その経済活動を地球上のどこでも行っていくと言われている。確かに土地や人件費の安い中国が世界の工場として台頭し、先進国並みに優秀だが労費は4分の1程度のインドでは、ソフトウェアの生産に活躍している。そのような例が挙げていけばきりがないぐらいだが、少し視点をずらしてみよう。

南カリフォルニアを代表する産業の一つにハリウッドを代表する映画やエンターテイメント産業が挙げられる。グローバル化の時代と言われながら、過去10年、20年でみてもその産業の集積に陰りはみられない。オスカーの授与式、有名俳優が住み、映画大手10社 の全てが所在し、シナリオライターやハイテクを駆使した映像・音楽技術の企業が集まる世界的な中心地 である。そしてインターネットバブルが弾けた後も、ベイエリアのシリコンバレーについて同じように言える。グーグルを始め、ヤフー、インテル、アップル、シスコなど半導体とインターネット産業の中枢たる企業がひしめき、新しい技術や商品が次々と生まれてくる。

こうした産業集積(クラスター)の現象とグローバル化は一見相反するようであるが、どのように捉えるべきなのであろうか。まず言えるのは、新しい技術や市場を生み出していくイノベーションを創造する機能と、大量生産してく機能の全てがグローバル化された訳ではないということだ。工場を作って、基本的なスキルの労働者を使っていくのは、比較的どこでも可能で、安価でさえあればどこでも良いかもしれないが、非常に高いスキルの技術者、ビジョンを持って新しい市場を考え出す力、そしてそれらをまとめていく優秀な経営者はどこにでも散らばっているわけではない。世界の中で非常に限定された都市に集中し、またそうした戦略やノウハウは産業ごとによっても違うため、ハリウッドやシリコンバレーのように特定の都市と産業が結びついている。そういった意味で、都市の機能とローカルの強みは今日でも失われていないのである。

日系企業は先端的な技術、情報、人材を求めて、カリフォルニアの二大産業集積地に研究開発の活動を進出してきた。ベイエリアにはゲームや機械関連を含めたIT企業、そしてバイオ企業を含め64社以上のR&D拠点を構えていることは第二回で紹介した。また第三回では、南カリフォルニアでも同じようにIT、バイオ、そして自動車関連の企業を中心に31社が進出していることも触れた。

他方、R&D拠点をその産業の集積地に設置すれば、必ずしも成功するわけではない。まず、イノベーションを創出する活動とは、一企業内だけで作られるものではなく、その地域に所在する競合企業やサプライヤー、顧客、大学などとのつながりをもって生み出される。また情報化の時代と言われても、技術や市場の先端的な情報はその辺に転がっていたりインターネットで調べれば出てくるわけではない。そうした情報はフォーマルな業界団体などではなく、もっとインフォーマルな形で流れている場合がほとんどだ。そのためには、その地域で、その分野でいろいろな人脈を開拓し、鍵となる人を見極めていかなければならない。

このローカル化を実践していくパターンは、各企業の戦略によって変わってくる。日本と米国市場が大きく違うと捉えて成功している企業のR&Dセンターでは、米国で全く違った商品やそのコンセプトを作るべく活動している。もっとも最初から商品の企画力やそれに必要な技術があるわけではないので、市場調査や現地で調達できる部品の評価などから始め、開発機能を高めていくアプローチだ。これは消費者の志向や規制などが大きく違う自動車業界などに見られる。やがて新しい商品コンセプトを企画し、開発していく力を10年以上かけながら培っていく。その際、全ての技術を米国のR&Dセンターで持つわけではないが、少なくともマーケティングの企画と生産に近い技術の分野では、米国と日本の研究所がある意味で対等の立場で目的を明確化し、機能を分割している場合が多い。

次に、日本では存在しない技術やノウハウを米国に求めてR&D拠点を設置しているアプローチがある。但し、この場合、全く異なる技術ではなく、あくまでその企業が競争する場を補完するための技術を探求することが多い。例えばIT関連の企業がハードは日本で開発し、そのアプリケーションやソフト面でのつながりを米国のR&Dセンターで行っていく例が挙げられる。この場合、あくまで日本のR&Dセンターが主導で、米国の拠点は追従型であるとして目的が明確化されている。

他方、残念ながら日系企業によっては、この辺の戦略が明確で無かったり、上記のように相容れないほど異なるアプローチを複数抱えながら米国に拠点を設立する場合もあるようだ。また、とりあえず拠点を設けてみて、米国の技術で何か面白いものがあるようだったら、後日R&D機能を拡充していこうというような考えのところも所在する。概してそのような場合は、非常に少人数で情報収集と若干の調査を行う程度の情報ポストのようなところが見受けられた。そしてこのようなアプローチで成功している企業の例をあげることは非常に難しい。なぜなら、技術や市場の情報が交換されるネットワークとはギブアンドテイクであり、こちらからいい情報を与えないと向こうからも何も提供されない。つまり情報ポストでは提供できる具体的なビジネスもないので、ネットワークにつながっていけないという根本的な難点がある。

また、別に組織的な問題を抱えているところもある。日本企業によくある数年単位でポジションをローテーションしていくアプローチでは、知識が伝わっていかない場合が多い。ネットワークを含め、進出先の市場の特性や企業同士のつながりかたなどは、米国に来て年月をかけて培っていくものである。(もちろん日本のそれを取得するのも年月がかかる。)特に少人数の組織で日本から来た赴任者が数年かけてようやく勝手が分かりかけてきた頃に戻ってしまうのでは、なかなか育たないものもある。

このように幾つかのパターンによって大きく分かれてくるが、共通して言えるポイントは、こうしたグローバルとローカルの双方を満たしていきながら、イノベーションを創造していくという深いレベルでのつながりは、一昼夜、もしくは一年程度で構築されるものではないということだ。企業も、海外でのR&Dには腰をすえてのぞむべきであるし、またその戦略的な位置づけもはっきりさせなければならない。それにより、こちらでのローカル化の仕方が大きく変わってくる。

またこのシリーズでは、企業という枠組みではない別な視点からのローカルとグローバルのつながりを紹介させていただいた。中国人とインド人がハイテクの分野で構成しているプロフェッショナル・アソシエーションである。彼等はそうした組織を通じて就職や技術、市場の情報を交換し合っている。一企業や業種を越えたつながりを、民族ごとにある程度組織化して回している。そこでネットワークする場を提供し、またビジネスに成功した人達が若い起業家たちにメンターとしてコーチングする機会が生まれていく。これは中国系では80年ぐらい、インド系では90年ぐらいからこうした組織は立ち上がり、今では数百人から数千人の会員が出入りする大きな組織にまで成長している。

日本人の間でもこうしたネットワークを提供する動きが起きている。技術者や起業家を中心としたものやバイオ系の人達を対象としたものなどがシリコンバレー では立ち上がり、南カリフォルニアでもバイオ系の組織 が活動している。IT系では、主に駐在員という枠組みを飛び出して起業を目指した人達が、苦労と成功を重ねていくなかで、情報を共有し、お互い助け合っていこうということが主旨で、これは中国人やインド人と同じ発想だ。

この日系企業のR&D拠点の進出と日本人のネットワーク組織は、別々の現象として捉えられるべきではない。相互にローカルとグローバルな側面を拡充させていく機能があり、多国籍企業の成長、海外で活躍している人材の活用、そして日本とアメリカの経済発展を促進できる主体と成りうる。しかし、残念ながら大手日系企業と日本人の起業家ネットワークのつながりは、現時点ではそれほど強いものではない。また日本人のネットワーク組織も活動を開始してからまだ数年程度のものが多く、組織力や活動にも波がある。

このように、ローカルとグローバルを結びつけながら日米の双方でイノベーションを創造していくということは、グローバル化と言われた今日でもまだまだいろいろな課題の残る分野である。しかし、これは非常に深く広範に渡るつながりであるため、現時点での成熟度や欠陥点のみに焦点を当てるのではなく、中長期的な視野を入れながら、今後の成長に期待していきたい。

(謝辞)これまでジェトロのご支援をいただきながら、このシリーズを書かせていただいた。ジェトロLA事務局ならびにインタビューに応じてくれた企業や団体の方々にお礼を述べたい。なお、これは全て個人的な見解であり、文責は筆者のものである。