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第1回:なぜ特許出願をするのか?
山崎 利直(UCLA客員研究員)

    近年、経済のグローバル化に伴って企業間の国際競争が激化し、知財を巡る状況も複雑化している。このような状況の下、適切な知財戦略を取ることが企業経営の鍵になっている。そこで、今回より計3回にわたり、知財を巡る最新動向を紹介すると共にそれに対応するための知財戦略を考えていきたい。知財=知的財産権には、特許権、実用新案権、意匠件(デザイン)、商標権、著作権、営業秘密等が含まれる。よって特許を中心としつつも幅広く知財戦略を紹介していきたいと考えている。なお、本稿は筆者の個人的見解であり、特許庁の公式見解ではないことをお断りしたい。

 

  さて、第1回として、まず特許制度の意義を確認してみたい。日本の特許法の第1条には「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」と記載されている。つまり、特許制度は単に各個人や各企業に技術を独占させて金儲けさせるためではなく、産業の発達を目的として設計されていると言うことができる。例えば、発明者は出願から20年間独占的に製造したり販売したりすることができるように特許法によって保護される一方、その見返りとして発明は公開され、他の人が同じ研究に時間やコストを費やすことなく利用することが可能になる。特許制度は産業発展のための合理的な仕組みである。

  では、特許制度がどの程度利用されているか御存知だろうか?実は世界の特許出願件数は増加傾向にある。世界知的所有権機関(WIPO)が発表した統計によれば、全世界での特許出願件数は2005年の1年間で約166万件である。そして、このうち日本で出願された件数はなんと約42万件と世界の1/4を占め、日本は世界一の特許出願大国である。また国民1万人あたりの出願件数も年間29件と世界トップであり日本の産業発展の背景に特許が存在していることが理解できる。しかし、当然ながら数が多ければ良いという訳ではない。同じ発明について、複数の国で別々に特許権を取得する必要があるため世界の特許出願件数が年々増加しているが、単に特許出願の数を競う傾向は収束し、質も重視されるようになってきている。

 

  さて、いよいよ本論に入りたい。何のために特許を取得するのだろうか?特許庁が2007年に公表した「戦略的な知的財産管理に向けて<知財戦略事例集>」によれば、特許権取得の目的は①自社事業からの利益の最大化と②特許権から得られる直接利益の獲得であると説明している。分かりやすく言えば、①は他社が特許権者の許諾なく発明を実施することができないため自社が有利に事業を展開できることであり、②は他社とライセンス契約をしたり他社に特許権を売却したりすることによって収益を得ることである。特許権取得にはかなりの費用と労力が必要となることから、特許出願をする際にはこれらの収益が見込まれるか検討することが大切である。

  一方で、逆に敢えて特許を取得しないという戦略があることも紹介したい。最も有名な例はコカコーラであろう。コカコーラはアメリカの本社でのみ原液が製造され、それが世界各国に輸出され炭酸水等で希釈されて販売されているが、その原液のレシピは社内のトップシークレットとされている。現在の技術力をもってすれば似たような味を調合することは可能かもしれないが、少なくとも1800年代後半からずっと原液のレシピは公開されておらず厳密に同じ味を再現することは難しいとされてきた。もし、コカコーラ社が特許を取得していたら、特許の権利期間である20年間は製造販売を独占できただろうが、その後は他社にレシピを利用され、コカコーラ社が有利に営業を展開することはできなかったかもしれない。100年以上に渡って全世界的にコカコーラが普及してきた成功の背景には、営業秘密という戦略があったのである。なお、現在では、流行の激しい飲料業界において確固たる地位を築いている「Coca Cola」のブランド名が商標登録され保護されている効果も大きいと思われる。商標は更新を繰り返すことにより半永久的に保護される。

  また、特許出願による技術流出の問題も指摘されている。特許出願をすると特許権取得の可否に関わらず18ヵ月後に公開され、インターネットを通じて特許出願の明細書は全世界に知れ渡ることになる。一例として、筆者は審査官としての経験から、製造方法におけるノウハウを特許化しようとする出願を目にしてきたが、特許権を取得できたとしても価値については疑問を持つことがあった。理由は2つある。第1の理由は、製造方法におけるノウハウは、大抵の場合その現場を見なければ他社が真似することは不可能であるから特許権を取得する必要性が低いこと。第2の理由は、万が一他社が同じ発明を実施していたとしても、工場に入って製造現場を見ない限り真偽の確認は困難であって権利行使をしづらいことである。無駄に特許出願をして技術流出を招くという最悪の結末だけは避けたい。

 ただし、特許出願をしなかった場合は多少のリスクを覚悟する必要がある。他者が同じ発明をして出願し、他者に特許権を取得されてしまう可能性があるからである。しかし、その場合でもリスクを軽減できる制度がある。特許法第79条で規定される先使用による通常実施権(いわゆる先使用権)の制度である。他者の特許出願時に既に、事業や事業の準備をしていた場合には、他者の特許権を無償で使用し事業を実施することができる。詳細については、2006年に特許庁が「先使用権制度ガイドライン(事例集)」を公表したので参照していただきたい。

  今回は特許出願のメリットのみならずデメリットについても言及してきたが、特許出願をしない方が良いという訳ではない。特許出願をするかしないかの判断も含め、企業の製造・販売活動や発明の内容に応じて知財戦略を十分に検討することが大切である。

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  山崎 利直(UCLA客員研究員)

  <略歴> 1999年に特許庁入庁。応用化学部門の審査官として6年間勤務した後、2005年より国際課にて日米欧の三極特許庁協力を担当。2007年よりUCLA航空宇宙工学部の客員研究員。

 
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