UCLA School of Medicine 大橋 絵美
癌とはどんな病気か
厚生労働省の人口動態統計の概況によると日本では32万人の人が癌で死亡している(2004年)。約1.6:1で男性の死亡率が高い。男性では実に二人に一人、女性では三人に一人ががんによって亡くなっていることになり、非常に高率であることが分かる。
部位別に見ると男女とも肺と胃が上位を占めている。
がんは遺伝子の病気と言い換えることができ、"癌遺伝子"や"癌抑制遺伝子"が異常をきたすことによって発生すると考えられている。とは言え、がんになるようにプログラムされた遺伝子が存在する訳ではなく、元来増殖に関連する遺伝子が異常をきたすとがんを引き起こす原因となるため癌遺伝子と呼ばれている。同様に、正常状態では増殖を制御している遺伝子が癌抑制遺伝子と呼ばれているのである。つまり、癌化、とは正常とは異なる状態あるいは性質を獲得してしまうことなのである。癌化は簡単なプロセスではなく、"多段階発癌"と言われる複数の遺伝子異常が段階的に経る複雑なものとされている。
それ故、がんになるのを防ぐには細胞内に遺伝子異常を起こさないようにすることが大切となる。いわゆる、がんの「予防」である。がん予防は生活習慣で改善が可能な場合も多い。たとえばタバコ・肥満・飲酒などのリスクファクターを出来る限り避けたり、リスク低下ファクターである定期的な運動・野菜、フルーツや食物繊維の摂取を積極的に行たりすることで、がん発生率=遺伝子異常を起こす確率を減らすことができる。また、 癌は単に生活習慣を改善するだけでなく、がんになる前の段階(前癌状態)で早期に発見することにより予防することも可能である。定期的にがん検診を行うことにより、これは可能となる。
がんの診断法は多数存在するが、主なものでは、腫瘍マーカーや内視鏡、CTなどがある。これまでは見逃されがちであった微小な病変も、PET(ポジトロン断層法)検査と呼ばれているコンピューター断層撮影技術により捉えることができるようになってきた。がんの治療は大きく分けて、外科手術、放射線療法、および化学療法に分類される。化学療法と呼ばれる治療法では数多の抗癌剤が臨床で利用されているが、治療薬開発の進歩に伴い、近年分子標的治療薬と呼ばれるこれまでの化学療法剤とは発想の異なる治療薬が使われるようになってきた。この薬剤は体内の特定の分子を狙い撃ち、その機能を抑えることにより治療を行う。これまでに蓄積されてきた癌研究の情報を分析し、癌細胞と正常細胞の分子レベルの差異を利用して特異的な作用を発揮するとされている。
このカテゴリーの治療薬の中のグリベックと呼ばれる薬剤は、慢性骨髄性白血病(CML)の原因とされるフィラデルフィア染色体(9番と22番の染色体長腕間の相互転座により、9番上のabl遺伝子が22番上のbcr遺伝子領域へ転座しbcr/abl融合遺伝子が形成されたもの。この異常遺伝子の産物であるBCR-ABLタンパク質は正常ABLタンパク質よりも高いチロシンキナーゼ活性=増殖誘導活性を持つ)の活性をATPの結合を阻害することにより特異的に抑制する(これにより異常な増殖促進活性が抑えられる)。2000年前後のいくつか学会でこの薬剤のCML患者に対する効果が発表され、その有効性の高さにがん研究者の間で大きく話題に上った薬剤である。
2006年に医学雑誌のNew England Journal of Medicineに、グリベックの5年追跡調査結果が掲載された。その論文によると、グリベックを投与したCML症例のうち66%が完全寛解(体内から白血病細胞が検出されない状態 )を示し、改めてグリベックの有効性が再確認された。分子標的治療薬は、21世紀の薬剤として重要な位置を占める。しかし、がん細胞以外の正常細胞にも作用してしまうことによる副作用や、治療過程における更なる分子の突然変異などにより耐性を引き起こすなど、必ずしも思惑通りというわけにはいかなかった。当初、その癌を特異的に標的にするというアイデアにより、理想的な抗癌剤ではないかという期待が寄せられた分子標的治療薬だったが、人類の夢である癌の根絶が可能なほどの画期的なものではなく、様々な癌を対照とした万能の治療薬というわけにはいかなかった。
今後、予測では癌が死因となるケースは増加の一途を辿り、三人に二人が癌によって死亡する、との予想もある。生活習慣の改善を
念頭に置いた意識改革とともに個人の情報収集が欠かせないものとなろう。
(本テーマは、1月12日にSCSN技術フォーラム(UCLA)で講演会が開催された)
大橋絵美、DVM、PhD.
Endocrinology and Diabetes Division
VA Greater Los Angeles Healthcare System
UCLA School of Medicine
東京大学農学部獣医学科卒業。同大学院博士課程、獣医外科学分野でPhD取得。現在VA/UCLA医学部のMolecular Endocrinology Laboratoryにてポスドクとして乳がんの放射線ヨードによる治療のメカニズムについて研究を行っている。 |