UCLA Post-Doctoral Associate 本山 康之第4回 インド人、中国人の起業家ネットワーク
これまで過去3回は、日系企業に焦点を当てて見てきたが、ここで少し視点を変えてインド人や中国人がシリコンバレーでどのように活動しているのかを比較の観点からみていきたい。
まず、なぜインド人・中国人をみる必要があるのか。第一に彼等のシリコンバレーでのプレゼンスの高さが挙げられる。昔、半導体の集積地であるシリコンバレーは、IC(Integrated Circuit:集積回路)によって成り立っていると言われていた。実は90年代から、同じICでもシリコンバレーが機能しているのは、IndiansとChineseのお陰という話がもっぱらである。事実、1990年の時点で既にシリコンバレーのハイテク産業に占める外国人の移民労働者の割合は30%であった。そして、これが2000年には53%にまで上がっている。そしてこの移民労働者の7割が、台湾を含む中国人とインド人から成り立っている。1
第二に、シリコンバレーと彼等の母国とのつながりが挙げられる。一昔前であれば、インドや中国からこうした優秀なハイテク分野の人材が頭脳流出してしまうことが懸念されたであろうが、これは一方的に供給するだけではなく、実はその後シリコンバレーで活躍した彼等が、本国とのビジネスを橋渡ししたり、戻って起業するという循環のメカニズムが出来上がってきている。途上国から渡って一攫千金を成すというアメリカンドリームはもう古い話のようで、アメリカと結びながら母国でビジネスを成功させるというモデルが浮かび上がってきた。そして、昨今騒がれている中国やインドの高度な経済成長は、それぞれが独自に起こったものではなく、彼等がそれぞれシリコンバレー経済と二人三脚をしながら、グローバル経済へ食い込んできたという背景がある。そういった意味では、このシリーズで見ているローカルとグローバルを結ぶ最も典型的な例であると言えよう。
では、こうしたインド人・中国人はシリコンバレーでどのように活動をしているのであろうか。彼等はただ単に数が多く、クリティカル・マスがあるというだけではない。彼等同士の間でネットワークするメカニズムが出来ている。そしてこの仕組みは、多国籍企業が二つの国を結んだり、政府が米国に留学や人材交流などを通じて人を派遣しているわけではない。個人をベースとした民族プロフェッショナル団体を通じてというものだ。また、こうした団体は、業界団体や商工会議所のようなフォーマルなものでもなく、もっと草の根レベルで構成されている。例えば、主に中国人の半導体業界のプロフェッショナルが所属するChinese American Semiconductor Professional Associations(CASPA)、台湾と長期的なビジネス振興を目的とするMonte Jade Science and Technology Association、インド人の間で起業活動を支援するThe Indus Entrepreneurs(TiE)などが挙げられる。会員になるためには、こうした企業や業界に所属していないといけないというような制限を持つクローズされたネットワークではなく、逆にインド人で起業に興味があれば誰でもどうぞというオープンな組織がほとんどだ。団体によっても様々だが、会員数は数百人から3千人以上のものまである。そして少なくても中国圏からの人が成すもので15団体、インド人では2つほどメジャーなものがある(後述の附属資料参照)。
こうした民族プロフェッショナル団体では、具体的にどのような活動を行っているのだろうか。非常に多岐に渡るので、ひとまとめにはしづらいが、大きくは各種セミナーを開催し、最新の情報を提供し合うというイベントと、いろいろな人と知り合うためのネットワークイベントに分けられよう。セミナーでは、その分野の第一人者から技術動向の講義、弁護士から永住権申請の近道の方法、ベンチャーで名を馳せた人から成功の秘訣などから、米国企業で昇給を交渉するにはなどの非常に実践的なトピックを提供している。要は、ハイテク移民労働者が知りたいようなことを一通りカバーしている。
そして、それ以上に重要であるとも思われる機能が、ネットワークする場を提供するということだ。新年会のようにネットワーキングのみを目的として集まることもあるようだが、大抵は上記のセミナーの後に軽食会を催し、ざっくばらんに交流が行われている。これは名刺交換にとどまるわけではなく、就職口や新規ビジネス・商談の第一歩となる話まで行われる。こうしたインフォーマルなネットワークで様々な情報が交換されるというのは、シリコンバレーのビジネス文化をインド人、中国人が彼等のネットワークの中へそのまま反映していると思われる。
こうした民族プロフェッショナルネットワークはどのようにして形成されたのだろうか。多くの場合、個人的なメンターシップが発展し、組織化されたらしい。例えば、60年代や70年代に米国へやってきた移民が、大学を卒業してから大手のハイテク企業に就職し、マイノリティーとして出世や起業に散々苦労した。何とか成功してきたところで、自分と同じような移民の境遇を持っている若い世代の人達にアドバイスをし、必要な人へつなげ、また情報を提供していったのが始まりのパターンのようである。古いものでは70年代後半からという組織も存在する。こうしたメンターとネットワークを核とした組織が年月をかけ、それなりの規模と種類をもつものへと拡大していった。
これはこのシリーズでみているローカルとグローバルを結ぶという視点から考えると、非常に大きな示唆があると思われる。まず、このつながりは、多国籍企業が二つの国でどのようにオペレーションするかという企業の枠組みだけではないということだ。海外での現地(ローカル)のクラスターに組みいり、情報や人材を活かしていくには、人が集まり行き来するインフォーマルなネットワークの存在も重要である。次に、こうしたネットワークは一朝一夕にできるものではなく、ビジネスでいう1世代(15~20年)以上というそれなりの年月が伴って成長してきているものである。政策としてグローバルなつながりを促進していくのであれば、このように多面的で、時間をかけて育てていくアプローチを用いていくことが不可欠となってこよう。
附属資料:
シリコンバレーの主なインド・中国人の民族プロフェッショナル団体2
- Saxenian, AnnaLee. 2006. The new argonauts: regional advantage in a global economy. Cambridge, MA: Harvard University Press. 52-54.
- Saxenian, 2006. 341-344; Saxenian, AnnaLee, Yasuyuki Motoyama, and Xiaohong Quan. 2002. Local and global networks of immigrant professionals in Silicon Valley. San Francisco, CA: Public Policy Institute of California.
本山 康之、PhD.
UCLA主な研究分野は、グローバリズム、イノベーションの創出、そして都市経済学。コーネル大学大学院(公共政策学修士)、野村総合研究所を経て、カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得(都市計画学)。 |